| 中国網:中国コンセプトのインターネットサイトが世界中で増えている中、日本に留学した日本人青年が、苦学の末に、26歳で中国の情報を発信する日本語サイトを立ち上げ、現在に至るまで、日本で最大の中国の情報を発信するサイトにまで成長させました。彼は今、2008年のオリンピックを機に、日本と日本に暮らす中国人に「新しい中国」を伝えようとしています。それでは、「中国訪談」の本日のお客様をご紹介しましょう。サーチナ・中国情報局CEO(最高経営責任者)の端木正和さんです。ようこそ、端木さん。
端木:端木でございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます。
中国網:それでは最初に、「中国情報局」という名前の由来をお聞かせください。
端木:日本語でいう「情報」とは、中国語でいう「信息」のことです。「中国情報局」を中国語に訳せば「中国信息網」となります。10年前にこの名前を付けた時には、特別な意味を込めたものです。ひとりの留学生として日本に渡り、サイトを立ち上げた時、私には資金も後ろ盾もありませんでした。けれども、だからこそ「独自のスタイルで行こう」と考えることができたのです。そして、いささか風変わりな「中国情報局」という名前で人々の興味を引きつけようと考えました。「中国情報局」は10年の歳月を経て、新たな成長段階を迎えています。08年にはこの名称を変えようと思っています。
中国網:「中国情報局」を開設されて10年とのことですが、端木さんが日本に渡ったのは17歳の時だったそうですね。
端木:はい、その通りです。
中国網:インターネットを専門に学ばれたのですか。
端木:いいえ。今のような仕事に就いていることなど、日本に行った直後の17年前には想像もしていませんでした。最初の2年は日本語学校に通い、その後は法律を学ぶために大学に入りました。
中国網:卒業後インターネット関係の仕事をするようになったのは、どのような経緯からですか。
端木:ある意味、偶然といえるかもしれませんね。何しろ私は、自宅用のパソコンを買ったのもかなり遅かった方ですから。1996年頃だったと思います。当時は、WindowsもWordもExcelも、何のことかさっぱりわかりませんでした。ちょうどその頃です。ヤフー・ジャパンのサイトを目にしたのは。ヤフーは95年にサービスを開始していたのですが、それを見たとき大きな衝撃を受けたのです。その頃世の中には、意味のないような情報があふれていました。Webサイトというものは今ほど多くありませんでした。それらの情報がひとたびヤフーの情報サービスにかかると、整然とした情報に変化しているのです。当時として、それは大変なことでした。そこで私は、中国の情報を整理して、日本や日本の企業に伝えれば面白いのではないかということに気づいたのです。
中国網:留学生という立場で日本に渡りWebサイトを立ち上げるのは並みたいていのことではなかったと思いますが、どのような点でご苦労なさいましたか。
端木:お金も後ろ盾も人手もなく、ないない尽しでした。けれども頑張りました。「中国情報局」支えてきてくれた社員や仲間、すべての人に感謝しています。
中国網:先ほどヤフー・ジャパンに大いに刺激された、とお話なさっていましたが、開設10年が経過した今、「中国情報局」ではどのような情報に注力なさっていますか。
端木:「中国情報局」は、日本の皆様、日本企業の皆様に中国を理解していただくための入口になりたいと、そう願って立ち上げたものです。ですから、やはりタイムリーな情報を大切にしています。1日当たり180―200本のニュースをお伝えするようにしていますが、もちろんそれはたやすいことではありません。(記事本数は2007年末現在)
端木:さらに、日本企業や一般市民に中国株に関する情報を理解していただくことも重視しています。5―6年前から上海、深セン、香港の情報をお届けしています。なかでもH株に関する情報は、日本の皆様に人気があります。これらの情報は、とても重要で日常生活にも密着したものです。また、ニュースや金融情報以外にも、天気情報や各種の案内など、多岐にわたる情報をお届けしています。
中国網:端木さんがサイトを開設される以前は、中国の情報というものは日本の公的サイトでしか得られなかったということです。端木さんが民間サイトを立ち上げたことで、実用的で興味深い情報が発信されるようになり、日本の人々は非常に注目したのではないですか。
端木:中国情報局は、初志を貫いているといえるでしょう。最初は小さなサイトでしたが、民間サイトの場合、だいたい「大勢の人にサービスを提供したい、けれどもお金がない、だから広告料収入に頼ろう」との考えに陥ります。そうなると従業員のモチベーションは落ちます。特にネットメディアは理想を捨て、コンセプトを捨て、広告に「身売り」してしまえば、結局は何も残らないことになります。ですから我々は、広告収入に頼らないビジネスモデルを堅持することで、新しいメディアとしての砦を守り続けてきたのです。そうして、何者にも左右されることなく、中国の正しい情報を伝えてきました。日本のユーザーの皆様によく、「中国情報局は、広告収入なしでどうやって食べているのだろう」と不思議に思われたものです。
中国網:徹底して客観的な情報を伝えてきたということですね。ところで、端木さんは長く日本に暮らして、日本と中国の違いはどこにあると感じていらっしゃいますか。
端木:18年間日本で暮らしています。日本の土を踏んだ時は17歳という若さでしたから、もちろん確固たる人生観や世界観を持っていたわけではありません。ですから、その意味では改めて日本で教育を受けたということになるでしょう。日本と中国では、似て非なるものがたくさんあります。中国人がインド人や他のアジアの人々と同じでないように。これは受け入れやすい現実でもあります。日本人と中国人は、外見はよく似ています。1000年以上前、箸の文化が日本に伝わり、それが今日まで受け継がれているということはよく知られています。ただ、やはり多くの点で違いもあります。その違いは、中国で業績を伸ばそうとしている日本企業が再認識すること、日本を旅して日本で各種の学術研究に従事した中国人が再認識することです。すなわち、美的感覚というものにおいて両国の間には大きな隔たりがある、まったく違うということです。
中国網:具体的にはどのようなことですか。
端木:美的感覚は、その人の行動に影響を与えます。例えば、中国人が絵画を見るとき、色彩と左右対称の構図でその絵の良し悪しを判断します。北京の故宮は「中」の字を形成していますが、このように中国では構図は左右対称、色は皇帝の色である「黄」を好むのです。ところが日本はといえば、京都御所、東京の皇居、名古屋城などの建築様式を見ればわかるように、中国の建築物とはかなり異なります。中国画と日本画を比べてみても、それぞれ異なる色彩感覚で描かれていて、中国画は中国人の美的価値観に基づく芸術性を表現しているのです。現代の日本人の美的感覚からすれば、中国人の行動はあまり上品には見えないでしょう。価値観は、中国文化や中国人の経済成長に対するとらえ方にも影響するものです。そのとらえ方は国家全体、果ては考え方やものの見方、話し方などにも影響していきます。もちろん、中国で生まれ育った中国人には、日本人の行動はさほど上品には感じられないということもいえるでしょう。
中国網:やはり、互いの理解が不足しているということでしょうか。
端木:そうですね。
中国網:17歳で日本に渡り、それから何年目で中国に帰省なさいましたか。
端木:留学生でしたから、そもそも親元を離れたという感覚はありませんでした。9カ月位でいちど中国に戻りました。
中国網:改革開放から30年が経ちました。元留学生として、中国の変化をどのように感じていらっしゃいますか。
端木:今年でちょうど30周年ですね。これは、日本の友人とも話していることですが、やはり中国の中央の指導者を誉めるべきでしょう。地方を中心に一部の役人には政治腐敗の問題がありますが、中央の指導者は優秀です。留学先の日本の大学、私にとっては母校ですが、そこに先日訪れ、後輩たちに中国と日本について語りました。その時「日本のどこがよくないのか」と聞かれ、「日本の政治家」と答えました。それは誰の目にも明らかです。中国の政治家はいい。中国の政治家は、春秋戦国時代から非常に優秀でした。政治というものを深く究め、何かしら突出したものを持っていたのです。今の政治家も同じです。優秀です。中国のGDPは1998年に比べて3倍になりました。これは並の政治家ではできることではありません。
中国網:今、日本人が抱いている中国のイメージは、何年位前の中国だと思いますか。
端木:いい質問ですね。北京から日本にやって来た中国人が、数年間日本で暮らして再び北京に戻るとします。すると、北京は様変わりしています。上海も同様です。中国の都市部は急速に成長しています。時として、自分がどこにいるのさえわからなくなるほどに。外国人にとっての中国人も同様で、彼らの気づかないうちに中国人は変化しているのです。私はずっと東京で暮らしていますが、ビジネス上お付き合いのある企業の方のほとんどは中国関係の仕事に携わっていらっしゃいます。中国への渡航歴もあります。ところが、そのような人たちですら、今の中国を改革開放後の80年代初頭のままの中国だと思い込んでいるのです。つまり、あまりいい印象を持っていないということです。86年に初めて上海に行った時、タクシーというものはほとんど走っていませんでした。89年になると少し増えていましたが、それでも夜になると車も人もいない、そんな時代でした。ところが今では、外灘などまるで別世界のようになっています。
中国網:インターネットは、日本人に中国を伝えるための最も重要な方法になりえたと思いますか。
端木:結論づけることはできませんが、重要というよりは主要な方法になりえたといえるでしょう。一般的にはやはり日本人はテレビを好みます。テレビは彼らにとって比較的説得力のあるメディアですから。学ぶことの好きな彼らにとって、テレビと新聞がメディアの中心です。ただしインターネットも国内の情報と同じく海外の情報を得るため、比較的自由な情報を得るための最も重要な方法のひとつと考えられています。ですから、多くの日本人は中国や海外の情報を得るための主要な方法としてインターネットを利用しています。
中国網:「中国情報局」は情報発信の場としてだけでなく、素晴らしい公共プラットフォームとして調査研究や報告もなさっています。日本国内でも非常に注目されていますが、その点について改めてご紹介いただけますでしょうか。
端木:まるで、「中国情報局」からのインタビューを受けているみたいですね。よくご存知で(笑)。これは我々のビジネスモデルにも関係することです。10年前の私はただの熱血漢でした。「中国の情報を海外に伝えたい、一生をかけてもやり遂げたいと」とひたすら思っていました。この思いを持続させるために、われわれには経済効率、社会効率のよいビジネスモデルを確立する必要がありました。インターネットは「深み」にかけるメディア、何しろ付加価値に欠けるメディアでしたから、商品価値を高めるためにはこの付加価値をどうにかすることが必要だったのです。そこで、中国の情報を整理し、データに基づいてテーマを絞った情報を伝えることが必要だと考えました。情報の体系化です。
5年ほど前には、上海サーチナを立ち上げました。最大の目的は会員数を増やすことでした。今では28万人になりました。北京の会員は2万人以上で、これらの会員によって市場調査を実施しています。「好きな色は?」「好きな口紅は?」「好きな車は?」といった消費に関する調査を行ないます。その調査結果を年1回白書にまとめています。野村総合研究所(NRI)と共同で日本企業のブランド戦略、中国における企業戦略などの研究も行っています。以上が当社のビジネスモデルの方向性です。一般のサイトよりも生産性の高い価値のあるモデルです。
中国網:ここ数年は、企業に関する研究調査だけではなく、中国の映画スターなどの情報も充実させていらっしゃいますね。
端木:はい。
中国網:中国の映画に対して日本人はどのようなイメージを抱いていますか。
端木:韓国のドラマは「韓流」と呼ばれていますが、「華流」という言葉も一般の人に知られるようになりました。「中華圏の文化、とくにエンターテイメントの分野での流行」を指す造語です。中国映画の公開も増えています。昨年には、東京国際映画祭に参加した範氷氷のインタビューに成功しました。彼女は中国国内では非常に有名ですが、日本での知名度はそれほど高くありません。ですから、我々が企画した彼女のインタビュー特集については、彼女自身とても喜んでくださいました。その後も、中国の映画スター、日本でも有名になりたいと思っているスターのインタビューを続けてきました。映画スターの情報を届けることは、一面では政治や経済に関する重要な情報を伝えることでもあると思います。このようなエンターテイメントを利用することが、インターネットを活用するための効率的な方法だとも思います。日本の人々に中国を理解していただくという原点に返れば、エンターテイメントもそのために必要な文化なのです。ですから、経済などの情報以外にもエンターテイメント情報を伝えることで、「華流」ブームを後押ししていきたいと考えています。
中国網:08年は北京オリンピックという一大イベントを控えています。「中国網」との提携の最大の目的は何ですか。
端木:他社のインタビューでも同様のご質問をいただきました。「中国網」のトップが「中国情報局」との提携に非常に熱心だったのです。李雅芳さんと偉斯さんにはとても感謝しています。また、「中国網」が提携の基本的な部分を大事にしてくださったことにも好感を持ちました。「中国情報局」は開設以来、「中国新聞網」などと協力関係を結んできました。ですから、検討を重ねて「中国網」との協力関係を強化すべきと判断したのです。「中国網」は中国を代表するサイトとして海外に情報を送っています。その掲げる理想には、我々が掲げる理想と通ずるものがあります。ですから、今回の提携はとても素晴らしいことと思っております。
中国網:今後の中国市場の開拓についてはどのようにお考えでしょうか。
端木:本社は日本で上海と北京に支社を置いていますが、今後の重要なテーマは中日両国の民間人の交流だけでなく企業同士の交流だと考えています。企業間の交流は経済効果や社会効果をもたらします。これはとても大切なことです。当社は一メディアとして、また、5年間黒字経営を続けてきた企業として、良好なビジネスモデルを堅持していかなければならないのです。
中国網:企業経営は、たやすいことではありませんが、御社では一貫して利益を創出し、ベンチャーキャピタルからの資金も得ています。どのような方法で多くの企業の関心をひきつけ、資金を集めてきたのですか。
端木:特別なことではありません。起業しようと考えれば、その出口に多くの賛同と高い評価を得なければならず、これが株式上場であり、IPO(新規株式公開)の過程であると考えています。だからわれわれの会社もその方向に調整しています。しかし、すべての株式上場が、その会社にとって、あるいは従業員にとって、さらにその会社の事業パートナーにとって有利であるとはいえません。
株式上場は自然に流れるように進むのがベストであり、当社もそのような方向で現在調整しています。また、当社は創業後一貫して企業としてのマネジメント、ガバナンスに注力してきました。企業としては当たり前かもしれませんが、お金も後ろ盾も人手もない、ないない尽しのベンチャー企業としてのすごい取り組みであったと自負しています。このあたりも、多くのベンチャーキャピタルに注目された要因だったかもしれません。
中国網:オリンピック報道における大型の提携を結ばれたわけですが、ご自身でも北京で実際に競技を観戦されるご予定ですか。
端木:ぜひ、そうしたいと思います。
中国網:どの競技がお好きですか。
端木:郭晶晶の飛び込みが観たいですね。日本でも有名な選手ですから、「中国情報局」でも彼女に関する特集を組みたいと思います。
中国網:08年の北京オリンピック報道に関する提携が、素晴らしいものとなりますようお祈りしております。本日はどうもありがとうございました。ユーザーの皆様も、長時間お付き合いいただきましてありがとうございました。それでは、またお会いしましょう。
端木:ありがとうございました。 |